「暗黙業務」を「資産業務」化する【後編】

「暗黙業務」を「資産業務」化する【後編】

「暗黙業務」を「資産業務」化する

 前編では、業務無関心な経営が「暗黙業務」を生み、その「暗黙業務」が問題児であることを伝えた。後編では、その「暗黙業務」を企業貢献度の高い「資産業務業務」へと進化させる方法論について紹介していく。

「暗黙業務」の不透明性の是非

 方法論に入る前に整理しておくべき点がある。それは、「暗黙業務」の不透明性の是非だ。これまで、不透明であることは避けるべきだ、という意見を重ねてきた。しかし、その不透明性の高い業務が企業の強みに関わる業務であれば、その是非の意見は二分されるだろう。主な両意見は次の通りだ。

賛成意見

  • 他社に模倣されにくい
  • ノウハウの流出を防ぐことができる
  • 成功体験を生んだ実績があり問題無い

反対意見

  • 担当者がパワーを持つ
  • 引継ぎ/代理対応/有事対応が難しい
  • 改善が難しい

 これら賛成意見と反対意見には大きな観点の違いがある。それは、業務を社外の立場から見るか、社内の立場から見るかの違いだ。賛成意見の多くは、その業務を社外の立場から見て判断しているのではないだろうか。確かに業務が不透明であれば競合他社は模倣できず、その企業の社員を引き抜いたところで、その社員はノウハウを理解できていないだろう。反対に、業務を社内の立場から見た場合にその多くが反対意見となるだろう。

 ここで「暗黙業務」には2つのフェーズがあることがわかる。それは、社内暗黙フェーズ社外暗黙フェーズである。社内暗黙フェーズとは、強みといえるまでのものではなく事業上発生する業務が社内で不透明である段階だ。よくある業務なので他社も気にすら留めない。もう一方の社外暗黙フェーズは、企業貢献度が高く強みにもなる業務が社外からは不透明な段階だ。もちろん社内からは透明であることが好ましい。他社は、ある時にその企業の内なる変化に気づき、その根源を探りたくなる。しかし、社外から見て業務が不透明なために探れない、という状態だ。例として、世間が安かろう悪かろうで誤解していたかつてのユニクロを思い浮かべて欲しい。当初、世間からはシンプルなデザインで安さが売りのユニクロだと思われていた。しかし、気付くと商品の生産技術が高まり、ヒートテックなど高品質高性能でなおかつ安い商品が店頭に並ぶようになった。瞬く間にその人気に火が付き、ユニクロはリテール業界の地位を高めていった。今でこそそのカラクリが解明されたが、当時の競合他社は解明できず模倣もできず、ユニクロの快進撃の疾風に耐えることしかできなかった。

 このユニクロの例は、業務というよりは企業のサプライチェーン改革そのものだが、それを企業の業務に縮小しても同じことがいえるのではないだろうか。あの企業はなぜ人数が少なくても対応が早いのか?あの企業の新商品はなぜ売れ行きの初速が早く一定以上の売上を上げるのか?あの企業はなぜ売価を叩かれても儲かっているのか?など、疑問に思ったことは少なくはないだろう。これが社外暗黙フェーズにある「暗黙業務」の効果だ。そして、社内暗黙業務を「資産業務」へと進化させることが、社内暗黙業務を社外暗黙業務へと変貌させる第一歩となる。

 それでは、社内暗黙フェーズにある「暗黙業務」を「資産業務」へと進化させる方法論について紹介していこう。

「暗黙業務」を「形式業務」へ

 「暗黙業務」を「資産業務」へと進化させるためには、「暗黙業務」を2つの側面から改善する必要がある(図1)。1つ目が属人的な業務からの脱却である。業務の透明性を上げることで、業務が担当者に依存したものから組織に依存したもの、いわば「形式業務」へ変化させる。「形式業務」へ変化させることで、担当者のパワーが削減され、引継ぎや代理対応など柔軟な業務体制が可能となる。そして、その業務の透明性が高まることで業務の改善点が明確となる。

図)資産業務への進化過程
図1:「資産業務」への進化の過程

 では、属人的な業務からの脱却方法を紹介しよう。

1.担当者へのヒアリング

 担当者へのヒアリングは欠かせない。このヒアリングにより暗黙化された業務に明かりを照らしていく。担当者がこれまでに考え経験したことを理解していく。そうすることで、現在の業務の在り方とその背景を把握することができる。しかし、ここで注意しなければならないことは、担当者がうまく説明できるかどうかだ。感覚に頼っている場合、明瞭な線引きなく作業している可能性が高い。そのため、ヒアリングする側にある程度の知識や本質をとらえる感性が強く求められる。ヒアリングの成果はここに大きく左右される。勘と経験に頼ってきた担当者や、業務を頭の中で整理できていない担当者だと、通常対応と異常/異例対応を論理立てて説明することは難しいだろう。しかし、ヒアリングする側は未経験者であり、その業務においてはど素人の場合もあるだろう。そうすると、どの知識をどれだけ有しておくべきかすら見当がつかないこともある。そこで、次に示す内容を最低限抑えておくとよい。

2.業務の一般的な進め方を理解する

 業務の一般的な進め方(業務フロー)を理解していれば、担当者の業務の進め方を比較することができる。そこで、差異がある部分や、欠落している部分、追加されている部分などを整理することで、不透明な要素を浮き彫りにすることができる。しかし、一般的な業務フローと言えど、利益重視の業務フローや効率重視の業務フロー、アナログな業務フローやデジタルな業務フロー、大企業向けの業務フローや中小企業向けの業務フロー、といったように多様な業務方針が存在する。そこで、次の手段が不可欠となる。

3.会社の方針を理解する

 会社の方針、つまりは経営者の意向を理解することが大切になる。経営者が対象となる業務をどのように位置づけるのかで、比較すべき業務が変わってくる。また、その位置づけにより把握すべき業務の範囲までもが変わってくる。例えば、見積業務を効率重視として位置付けたとする。そうすると、比較対象となる見積業務も効率を重視するものを選択することになるので、仮に自社オリジナルの商品マスタから見積もりを作成し承認を得るデジタルな業務フローを選択したとする。この場合、比較対象となるデジタルな業務フローと実際の見積作成の一連の業務フローを比較しながらヒアリングすることで、暗黙業務を明らかにすることができるだろう。では、見積業務において利益を重視する場合はどうだろうか。この場合、見積の単価をどのように設定しているのか、設定単価は原価に対して適切な利益を含んでいるのか、仕入値は交渉しているのか、契約交渉の際に必要コストを見越しているのか、といった見積作成だけでなく仕入から契約までのモノと金額の動きを理解する必要がある。業務と相互作用している事業活動を理解した上で、比較対象となる業務を選択し比較しなければ、「暗黙業務」の不十分な形式化となってしまう。これが業務の形式化で最も重要かつ困難な部分なのだ。ここを間違えると「暗黙業務」は中途半端な「形式業務」となり、「資産業務」化させることは困難を極める。

 このように、会社の方針を理解した上で、比較対象となる業務フローを選択し、担当者へヒアリングすることで、「暗黙業務」の不透明な部分を明確にし「形式業務」へと変えていく。これまで無関心な業務であったからこそ、社内で行うのであれば労力と時間コストは覚悟しておくべきだろう。しかしながら、こういった業務把握を専門としているサービスも存在するので、専門家に依頼することも一つの手段ではある。

「形式業務」を「資産業務」へ

 「暗黙業務」を「資産業務」へ進化させるためのもう1つの側面が業務水準の改善だ。つまり、企業貢献度の高い業務へと改善していくことだ。そのため、業務が明確となった「形式業務」に対して改善することが好ましい。

 では、業務水準を高める方法を紹介しよう。

1.会社の方針とのギャップを明確にする

 鍵となるのが、属人的な業務から脱却する際に必要とした会社の方針だ。会社の方針という視点から業務を分析することで、自然と業務無関心な経営から脱却されていく。まず、1つの業務として分析するのではなく、事業活動の一連の動きの中でその業務を俯瞰する。会社の方針という視点から業務を俯瞰すると、経営意図が反映された川のように流れている業務もあれば、経営意図が反映されないパッチワークのように継ぎ接ぎな業務もあるだろう。そこから対象となる業務範囲を抽出することで、「形式業務」のどこがどのように会社方針と合致していないか明確になる。

2.優先順位を設ける

 次にパッチワークのように継ぎ接ぎな業務を滑らかに流れる一連の業務にするため、経営意図に優先順位を設けていく。ここでのポイントは、継ぎ接ぎされた個々の業務内容の意図を知ることだ。作業効率を重視しその体となった業務内容や、対応スピードを重視たもの、中には、何の意図も無いものもあるだろう。しかし、それらを単純にも一つの意図、つまり第一優先すべき経営意図で統一してはいけない。このパッチワークな業務内容にこれまで担当者が試行錯誤した結果が反映されているはずだ。その担当者の意図をくみ取った上で、第二第三の意図を設け、その優先順位に従い一連の業務としてまとめていく。

3.業務ポリシーと業務マニュアルを作成する

 これまでの方法で、「形式業務」を経営意図が反映された企業貢献度の高い「資産業務」へと進化させることができる。そして最後にすべきことは、それを再度「(社内)暗黙業務」へと退化させないことだ。業務が脱属人化し形式化されているため、誰もがその業務を理解でき、作業を引継げる状態にはある。しかし、多くの企業はそう簡単に人材を確保することはできない。中には、引き続き同じ担当者がその業務を継続する企業もあるだろう。だからこそ、業務マニュアルと業務ポリシーが必要になる。業務マニュアルがあれば、その業務を誰でもある程度は行うことができる。これで、業務が再び属人化することはない

 そして、もう一つ業務が属人化すると考えられるケースは、その業務の妥当性が揺らいだ場合である。時代の変化や誰かがその業務に疑問をもった場合だ。そこで、業務ポリシーが必要となる。業務ポリシーにその業務の意図が記されていれば、そのポリシーに合わせて業務を軌道修正すればよい。仮に、ポリシーが時代にそぐわないものになったとすれば、その誰か同様に経営者もポリシーに疑問を抱いているだろう。なぜなら、その業務は経営意図が反映された「資産業務」なのだから。そして、その業務は業務ポリシーと共に新たな進化を遂げるだろう。つまり、業務が時代に追い抜かれることも無くなる。業務ポリシーや業務マニュアルを作るノウハウがない、あるいは、時間が無い場合には、次のようなサービスがあるので、是非参考にしていただきたい。

 前編と後編にわたり「暗黙業務」の「資産業務」化について紹介してきた。「暗黙業務」の問題は多くの企業に存在しているが、着目されることは少ない。特に、経営者が手一杯な場合や経営者の苦手な領域において、「暗黙業務」が存在することが多い。そもそも業務無関心だからこそ生まれた「暗黙業務」だ。関心を持たなければその存在に気づけないだろう。そんな時は、気軽に専門家に相談しよう。

 あるいは、「目の上のたんこぶのような担当者はいないか?」か確認することも1つの手だ。これは「暗黙業務」が担当者にパワーをもたらす、という問題から発する1つの症状だ。この症状が現れた企業は、是非「暗黙業務」を探し「資産業務」へと進化させてほしい。

変化に挑むパートナーdarwin

青木 慎介

darwin/代表、株式会社三光電氣/経営企画室/室長。 鳥取大学医学部卒業、鳥取大学大学院医学修士課程修了、名古屋商科大学大学院経営学修士課程修了。 中小企業向けのコンサルティング会社を経て、2019年darwin創業。経営者の「変化したい」の想いに応えるため、アドバイザー/実行支援者として変化に直接的に関与。歴史ある中小企業や老舗旅館、建設会社などの支援を多く手掛ける中で、その企業の背丈にあった適切な変化を促し持続可能性と成長力を高めるノウハウと実績あり。

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