「暗黙業務」を「資産業務」化する【前編】

「暗黙業務」を「資産業務」化する【前編】

「暗黙業務」を「資産業務」化する

 「思うように行動しない社員がいる」と経営者が悩むことはよくある話だ。その背景には様々な理由や問題が存在している。そもそもの人選、人材の能力、マネジメント、組織のモチベーション、リーダーシップなど企業によって多様にあるだろう。今回はこの原因の1つとして「暗黙業務」という潜む業務に焦点を当てていきたい。ただ、「暗黙業務」という名はその名の通りあまり知られていない。そのため、今回の記事を前編と後編に分け、「暗黙業務」とは何か、そしてその問題を解決するための方法論について紹介していく。

 初めに「暗黙業務」は意識されにくい業務なため、先に比較的意識される「資産業務」から話を進めていこう。

「資産業務」と「コスト業務」

 「資産業務」とは、企業の強みや利益向上、ブランド価値の向上など企業に資産をもたらす業務のことであり、「企業貢献度の高い業務」とも言える。このように説明するとイメージし難いが、「資産業務」は至るところに存在する業務だ。例えば、社内教育研修、見積作成、マニュアル作成、Webページ作成、システム保守、現場視察、人材採用 などは資産業務となりうる。これらの業務を見て疑問に感じた方もいるだろう。そう、これらの業務は外注されることが多い。自社で行うには人的リソースが足りなかったり、ノウハウが無かったりで、最終的に専門家に頼む企業が少なくはない。反対に、外注すると費用が発生するため、社内の誰かできる人材に任せている企業もある。先ほどの例の他にも接客や営業、開発、製造など、言ってみれば企業内で発生するあらゆる業務は「資産業務」になりえるのだ。

 では、なぜあらゆる業務を「資産業務」とみなさないのか。

 それは業務には戦略的意義の差がある。つまり、業務を「資産業務」とみなすか「コスト業務」とみなすか、の大きな境が存在す。例えば、マニュアル業務を「資産業務」とみなし企業のサービス向上や利益向上、ブランド強化につなげた企業としてはスターバックスが有名だ。スターバックスのフロント業務は緻密に画策された業務マニュアルが存在する。コーヒーの注文を伺ってから提供するまでの時間を短縮するためにコーヒー作成から容器の洗浄までいくつかの工程を分業化している。注文を伺う際の日常会話などもマニュアルに組み込まれている。これら資産業務化することで、皆さんはスターバックスへ訪れると、自分を受け入れてくれている感覚やストレスレスでくつろげる空間を体験することができている。

 このような効果を得ることができるため、業務を「資産業務」とみなし企業貢献度の高い業務へと進化させることは、一つの立派な企業戦略である。

 では、業務を「コスト業務」とみなすことはどうなのか。

 「資産業務」について説明をすると、「コスト業務」はその対義語とし捉えられがちで、悪だと解釈する人も少なくはないだろう。しかし、必ずしも業務を「コスト業務」とみなすことが悪であるとは言い切れない。ファブレスのように製造を外注することで固定費を変動費化させ注力すべき業務にリソースを集中させるなど、集中と選択を図ることは企業経営においては重要なことだ。

 つまり、「資産業務」と「コスト業務」のどちらが良い悪いではなく、経営戦略上の計らいをもって社内の業務を選別し業務を改革することが重要なのだ。それであれば、「資産業務」であれ「コスト業務」であれ、企業に貢献できていれば何の問題もない。業務無関心な経営でなければ問題はないのだ。

 少し余談になるが、働き方改革が推進された時、多くの企業は業務改革に迫られた。特に大企業は労働時間の是正を厳しく求められ、業務の抜本的見直しに迫られた。しかし、ある大企業では、その業務改革を現場の担当者自身の勤務時間短縮の努力に任せた。当然、統一性のない行動や、戦略と整合性の取れない行動が散見され、経営を、そして従業員を悩ませた。この大企業がそれぞれの業務に着目し、戦略優位性につながる業務改革を行っていれば、その結果は違ったものとなったであろう。この例は、現場の業務に経営が無関心であったといえる。

「暗黙業務」は業務無関心な経営から生まれる

 業務無関心な経営が問題であるということだが、なぜそれが問題ないのか。その答えが、業務無関心な経営が「暗黙業務」を生むからである(図1)。暗黙業務とは業務が属人化され不透明な状態にある業務のことだ。例えば、次のような状態に業務がある時、それは「暗黙業務」だ。

図1:業務の関心度と暗黙業務
  • ホームページ作成はある担当者に任せ、他の社員はホームページ作成について把握できていない
  • 高度な知識が必要なサーバー管理をある担当者が長年行い、それ故に他の社員や経営者までもが口出しできない
  • 会計データは把握しているが、会計処理を担当者に任せているため、入力されている細かな情報までは把握していない

 このように、企業には知識や経験を要する業務や、コストとみなされやすい業務が数多く存在する。そして、それら業務は発生した時点で誰かが対処しなければならない。それが当時、業務上余裕のある担当者や、やりたいと立候補した社員、近しい業務を行っている社員、わずかながら知識のある社員、前職にその業務に携わったことのある社員など、特定の社員に意図なく任せてしまう。その単純で自然な選択がその業務を周囲から把握できない「暗黙業務」へと変貌させる第一歩となってしまう(図2)。

図2:暗黙業務発生のメカニズム

「暗黙業務」は問題児

 「暗黙業務」というと聞こえが悪いが、業務が円滑になされるのであれば問題が無いのではないか、という意見もあるだろう。それはその通りで、担当者も業務を任された以上、その業務の練度を高める努力をする。インターネットや書籍、有識者から情報を収集し、経験し、学習しながら、担当者はその業務のスペシャリストとなり業務が完成されていく。

 しかし、試行錯誤の過程と思考を把握する者はその担当者以外にいない。ここが問題なのだ。その業務の是非に関わらず、担当者が努力した結果が今の業務であり経営者は任せた以上、その担当者を信頼するしかない。その業務において担当者は経営者よりも知識があり、実践経験があり、何よりも失敗を多く経験しているのだから。そして、担当者はスペシャリストとしてパワーを持ち始める。こうして生まれた「暗黙業務」は潜在化されていく。そして、その問題児と化した「暗黙業務」は次のような経営上の問題として顕在化され、経営者を悩ませる。

  • 業務に携わる担当者がパワーを持ち、的確な判断や行動が妨げられる
  • 業務の引き継ぎが難しく、後継者が育ちにくい
  • 業務が不透明であるため、問題視されにくく改善が難しい
  • 業務改善の速度が遅く、時代に取り残された業務になりうる
  • 業務に問題が発生しても、周囲が支援できず対応が遅れる

 経営者が担当者のこれまでの貢献に対し感謝しないはずがない。と同時に、経営者があの業務に対しいつまでも無関心なはずもない。

 例えば、ホームページの役割について時代とともにその認識が変化してきている。経営者は時代の変化に応じてマーケティング要素を強め、ビジュアルから導線、構成に至るまで改善したい、と担当者へ依頼をしたとする。その要望をすんなり受け入れ変更されればよいのだが、「他の業務の合間で行っているので時間をください」や「そこまでは(機能上、技術上)できないです」、あるいは、「そういった要素は既に取り入れているつもりです」等の一筋縄では受け入れてもらえない。当然、経営者も自分の思い描いたイメージにしたいが、その業務を長年任せたスペシャリストの意見を尊重せざるを得なくなる。これがパワーを持った状態だ。結局、多くの経営者は人的リソースの問題から引き続き担当者に任せる。せっかく業務に関心を持ったにもかかわらず、結果としての対応は業務無関心な対応と変わらず、その業務は同じ道を歩むことになる。また、その業務を外注する場合であっても、外注先や担当者に丸投げするのであれば同じことである。

 当初からその業務に関心を持ち担当者を任命していれば、おそらくこのような悶着は起きなかっただろう。経営者と担当者で意思疎通しながら二人三脚で業務を進めていれば、戦略上の意図があり透明性もあれば、時代や環境の変化にも迅速に対応できる業務となり、企業に貢献していたであろう。

 ぜひ社内の「暗黙業務」に目を向けてほしい。これまで無関心だった業務に関心を持ってほしい。そうすれば、「暗黙業務」の存在に気付くだろう。そして、その「暗黙業務」を「資産業務」に進化させる準備に取り掛かってほしい。どのようにして「暗黙業務」を「資産業務」へと進化させるのか。「暗黙業務」を「資産業務」化する~後編でその方法論を紹介していく。

変化に挑むパートナーdarwin

青木 慎介

darwin/代表、株式会社三光電氣/経営企画室/室長。 鳥取大学医学部卒業、鳥取大学大学院医学修士課程修了、名古屋商科大学大学院経営学修士課程修了。 中小企業向けのコンサルティング会社を経て、2019年darwin創業。経営者の「変化したい」の想いに応えるため、アドバイザー/実行支援者として変化に直接的に関与。歴史ある中小企業や老舗旅館、建設会社などの支援を多く手掛ける中で、その企業の背丈にあった適切な変化を促し持続可能性と成長力を高めるノウハウと実績あり。

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