今回のd-ジャーナルでは、「エンプロイアビリティ」という概念を紹介した上で、人材成長の機会について紹介していきます。
この「エンプロイアビリティ」は、元々1997年にハーバード・ビジネススクールの名誉教授であるバーレット教授によって提唱された、いわばアメリカ生まれの概念です。
この概念が最近になって日本で知られるようになった背景として、国が推し進める非正規雇用労働者(パートタイマー)の正規雇用化や新型コロナによる失業問題への施策があります。
ここで、約四半世紀前に生まれた概念がなぜ現在に至るまで日本で脚光を浴びてこなかったのか、気になりませんでしょうか?
そこには、日本特有の明確な理由があります。
だからこそ、「エンプロイアビリティ」を考える上でアメリカ流ではなく日本流、あるいは、自社流に変換し考えることがとても重要になってきます。
それでは、この「エンプロイアビリティ」を紐解いていきましょう。
パートタイマー削減の潤滑剤として注目
日本では、非正規雇用労働者(パートタイマー)への劣等待遇が問題となっています。この問題を解決するため、国は助成金を活かしながらパートタイマーの正規雇用化を推し進め、2021年4月からは同一労働同一賃金化をスタートさせる計画です。
パートタイマーはこれまでの日本企業にとって好都合でした。
その理由はやはりコスト面です。人件費の削減、人件費の変動費化です。
企業活動や景気の波に合わせ、投入する人材量を容易に調整することができるからです。
しかし、このようにパートタイマーをモノのように扱う時代は終焉を迎えています。
とはいえ、このまま国の方針に従った場合、(嫌らしい言い方をすると)企業は簡単に人を切れなくなってしまいます。
人件費は固定費化され、景気変動への耐性が弱体化、利益確保が難しい状態に陥り兼ねません。
益々変化が進む現代のビジネスにおいてこれは致命傷です。
実際に、新型コロナウイルスにより契約を切られたパートタイマーは多いのが実情です。
だからこそ、パートタイマーを正規雇用化、ましては同一労働同一賃金化に素直に納得できる経営者が少ないのです。
そこで、このような考えを払しょくするために引っ張り出てきた概念が「エンプロイアビリティ」というわけです。
エンプロイアビリティ
エンプロイアビリティの概念
「Employability(エンプロイアビリティ)」という言葉をコロナ情勢下で耳にしたという方もいるのではないでしょうか。
それは、厚生労働省が新型コロナの影響で増加する失業問題に対して、このエンプロアビリティに着目した施策を提示しているからです。
初めに「エンプロイアビリティ」の定義についてです。
冒頭で紹介したように、このエンプロイアビリティはアメリカで開発された概念です。
激しい環境の変化に対して人件費を変動費化するため、非正規雇用労働者比率を増加させるのではなく、「正規雇用の短期雇用を前提」とすべく開発されました。
アメリカでこの概念がなぜ浸透したのか、アメリカのセールスマンを例に考えてみましょう。
アメリカのセールスマンは、セールスレップと呼ばれる派遣人材や短期契約人材(業務提携)がほとんどで、その評価も成功報酬型が一般的です。
例えば、製薬企業が新薬を開発し市場拡散を図る際に、販売当初に大量の営業コストをかけ迅速に市場シェアを獲得しようとします。理由は、競合他社の追随を許さないためや、勢いある市場浸透によりその信頼性や信憑性を医師の間で高めるためです。そして、ある程度市場シェアを獲得すると営業コストを抑えていきます。
さらに、彼らは成功報酬型の契約形態です。仮に、新薬の売上が好ましくなかったとしても、人件費は変動的に発生するため、人件費による利益圧迫に陥ることはなく大量出血を防ぐことができます。
このように、成長フェーズに応じて柔軟に人材を投入・間引きし利益を追い求めるアメリカ的な企業には、エンプロイアビリティは持ってこいの概念なのです。
だからこそ、「エンプロイアビリティ」の概念はアメリカで深く浸透していきました。
同時に、人材側の視点では、どの会社のどんな商品・サービスでも成果を出すことが求められ、鍛えられていきます。
結果、営業のプロとして優秀な人材に成長することができれば、雇用される能力につながります。
その頃、日本は終身雇用です。
少し余談ですが、近年、終身雇用はあまり良い言葉として使われません。古い体質や、老害を招くなど言われています。
しかし、私は長年従業員が勤めてくれることは喜ばしいことであり、人事上のミスマッチが起きていない証拠だと考えています。(もちろんそれなりの人事戦略を講じた場合ではありますが)
話は戻りまして、当初の日本は従業員の長期雇用を前提としているため、「エンプロイアビリティ」の概念は浸透しなかったのです。
日本におけるエンプロイアビリティが持つ意義
ここで、ある疑問が生まれてきます。
「エンプロイアビリティ」を日本で浸透させようとしているということは、従業員の短期雇用化を推し進めているということなのか?従業員の正規雇用化と矛盾していませんか?
この答えは「ノー」であり、そのためにも「エンプロイアビリティ」を日本流に最適化させることが必要になります。
では、このエンプロイアビリティは日本においてどのような意義があるのでしょうか。
日本においては次の5つの意義があります。
①従業員の注意を外部に向ける(従業員の自由な意思決定)
②従業員が市場における自身の価値を高める(人材の市場価値向上)
③従業員が自己の責任で能力開発を行う(能力開発の自由意思)
④企業が従業員の能力開発機会を提供する(能力開発の機会向上)
⑤企業は従業員の仕事の成果に応じた処遇を行う(企業と従業員のコミットメント強化)
ここで補足しておきたいことは、「終身雇用や長期継続雇用を否定してはいない」ことです。
つまり、従業員側の自由意思による能力開発と仕事への成果、企業側の能力開発機会の提供と仕事の成果に対する処遇、これらを強いコミットメントで結びつけることで、人材と企業の成長や満足、関係性の強化を目指します。
だからこそ、従業員の注意が外部に向けられようと、企業との関係性が強いのであれば、終身雇用や長期継続雇用は成立する、ということです。
同時に、従業員の能力開発が自由意思とはいえ、勤めている企業の成果につながる能力(下図のBの領域:当該企業で発揮される能力)を開発することが前提となっています。
人材育成の課題
しかし、日本流「エンプロイアビリティ」を導入するには、未だ解決しなければならない問題がいくつか残っています。
その一つに能力開発のインフラ問題があります。
一般的に能力開発にはOJTとOff-JTの2つがありますが、中小企業の多くはこれら育成のインフラが十分に整備されていません。
インフラが不十分なため、中小企業は民間企業へOff-JT研修を外注します。
しかし、その内容を自社で実践するための仕組みが構築されていないため、業務成果へ直結せず一時的なドーピングで終わってしまうことがあります。
そのため、最終的にOJT研修で能力開発を行う中小企業が多くなってしまいます。
しかし、中小企業の人的・金銭的・時間的リソースから考えると、Off-JT研修の社内インフラ整備が不十分であることは当然です。
そこで、もう一度エンプロイアビリティの概念を考えてみましょう。
仕事の成果につながる従業員の能力が強化される「機会」を企業側が提供することに着目します。
続きは、後編にて。
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